もう何十年も前から、近所の道路沿いに朝から晩まで1人でおばあちゃんが立っている。
独り身の様子で現在は80歳を過ぎていると思うんだけど、道を通ろうとすると行く手を阻まれ、強制的に世間話に付き合わされるのだ。
時間のない時に阻まれると割と困ってしまうので、僕は「検問」と呼んでいるんだけど、検問に付き合わされるのは僕だけではなく、道ゆく人全てである。
子どもがいたら手を掴んで話に付き合わされ、同年代の年配女性に至っては抜け出せられないマシンガントークが炸裂する。
近所の人はみんな検問を知っているので、かなり遠回りをしてでもその道を通らないようにしている人は多い。
不憫ではあるが、急いでる人にとってはたまったものではないというのも確か。
数年前にそこの近所で新築工事があったんだけど、大工さんが延々と話しかけられて工期が延びてしまった。
最近は暑い日も続き、そのおばあちゃんが日焼けで真っ黒になって立っていた時は流石に心配した。
そんな検問おばあちゃんも、もしもある日を境に突然見かけなくなったら、近所の人は心配して家を訪ねるのではないだろうか。
そういう意味では独り身のおばあちゃんにとって毎日の検問はある意味の自衛の手段として成り立っている気もする。
