本来自由なものなのに。

ジャグリングが上達することに比例して自由度が下がっていることに気づいた。
最低限この技は外せないだとか、この技のこの形は邪道だとか。
ジャグリングには規則なんてものは基本的にない。
にも関わらず勝手に自分で型にはまってしまっている。
型を破ってなんぼの世界なのに。
作ったルーティンを音に合わせて1000回通したら、更にガチガチになる。
この音の時はこの技をやっているところだ、ということに慣れてしまうと、いざ技を変えようとした時に音と技がずれてしまってしっくりこなくなってしまう。
かといってすべてを一からやり直すのにも勇気がいる。
廃病院でかまいたちの夜をプレイするくらい勇気がいる。
自由すぎるのも考えものだ。
ステージに立った瞬間「やっぱ今日だるいんでやめます」と言って帰る、世界初のサジを投げるジャグラーなんてのはアレだし、ランドセルを背負って間違ってシノラーになるのも分かりづらいし、これは僕なりにジャグリングを表現していますと言って、肛門に刺したオカリナで一曲演奏しても二度と呼ばれない。
上達するに連れて無意味な枠を作ってしまう例は、恐らくジャグリングに限ったことではないとも思う。
その芸能ならではの良いところを大切にしつつ、無意味な枠を少しづつ壊していくことが大事なんだと思う。

コメントをする

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信」ボタンを押してください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)