いらっしゃいませ

僕がいつも行く銭湯の受付のおじさんは、料金を払う時、支払う金額によって反応が変わる。

最初は気のせいだと思っていたが、何度も通っているうちにほぼ確信がもてた。

銭湯の料金は440円。

きっちり440円払う人は恐らく少ないだろう。

慢性的におつりで渡す小銭は不足するため、できれば銭湯側としてはおつりの少ない形で支払いをしてもらいたいものだ。

500円玉を渡した場合。

実はこのパターンが一番多いのだが、500円玉を渡すと、

「いらっしゃいませ」

と、普通のトーンで60円を返してくれる。

540円を渡した場合。

「!…いらっしゃいませっ」

といった感じ。

500円玉に40円を添えることで、おつりが100円玉1枚で済むという頭脳プレー。

その小さな心遣いに賛辞をおくるべく、いらっしゃいませの前に「!」がつく。

1000円札を渡した場合。

「…いらっしゃいませ…」

代金よりおつりの方が多いという大失態。

先頭打者をフォアボールで歩かせるようなものだ。

銭湯だけに。

いらっしゃいませの前の沈黙が気まずい。

そして440円をキッチリ払った場合。

「いらっしゃいませー!!!」

と、最高のテンションで迎えてくれる。

レジに入る8枚の硬貨が刻む8ビートが軽快で心地良い。

だいたいこんな感じなんだけど、僕は以前、あろうことか1万円札しか持っていない状態で銭湯に入ってしまったことがある。

支払う時に気づいたんだけど、時すでに遅し。

震える手で財布から1万円札を出して渡すと、少しの沈黙の後に9560円のおつりを僕に渡した。

そして僕が男湯ののれんをくぐる時に、

「いらっしゃいませ」

という消え入りそうな声が背中越しに聞こえた。

それ以来、僕は銭湯に行く前には必ず財布の中身をチェックするようにしている。

最近は券売機で入浴券を買って渡すというスーパー銭湯が多くなってきて便利にはなったけど、地元の銭湯ならではのこういうやり取りがあるのも、人情味があって良いものである。

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